ナチュラルボーン不法滞在
ある日の領事部
不法滞在だって恋愛はするしセックスもする。その結果、子供ができることだってある。権利や立場ウンヌンはおいといて、人の営みってそんなもんだろう。
その日ご来館したのは20代中国人女性。お一人でご来館。自分と子供の中国パスポートの申請に来た。子供と言っても生後3ヶ月ほどの赤ちゃん。
私「お父さんお母さんのパスポートと、外国人登録カードも見せてください」
母「あ…あのあのあのあのあの…」
落ち着け?と思いながら次の言葉を待つ。
母「あたし、密入国だから、あの…」
私「お父さんは?」
母「あのあの…同じ密入国。だからまだ結婚もしてない…」
通常日本で産まれた子供は、親のビザに基づいた在留資格を取得するため、両親にビザがないと必然的に子供も在留資格無しとなる。
無駄な相乗効果で生まれた生まれつき不法滞在の赤ちゃん。それが割といた。
本人が書いた陳述書によると、経緯はこうだ。子供の父親とは友人の紹介で知り合い、いい感じになり付き合うことに。夜の仕事で疲れた彼女を癒してくれたところ、彼女の友達や中国の家族にも優しく接してくれたことが惚れポイントだったとのこと。
しばらくして妊娠が発覚。迷ったが授かった命を産むことに。
で、めんどうなのはここからだ。密入国船に乗ってどんぶらことやって来た両親にはパスポートがなく、中国籍を証明するものがない。となると、中国籍が認定できない子供にも、中国パスポートを発行するわけにはいかない。
ということで、まず親が中国人であると証明する書類から必要となる。中国国内で発行された「出生公証書」「国籍公証書」だ。中国は戸籍制度がないので、身分や国籍を証明する公文書として公証書を発行する。
すぐ書類がそろわなかったりするので、これがまた時間がかかる。
どっからどう見ても中国人なんだから、もうパスポート出してよくね?みたいな気分にもなりがち。
大前提だが、中国大使館は在日中国人の生命や財産、権利を保護する立場であり、不法滞在者もパスポートは申請可能だ。
このお母さんは先輩密入国ママに聞いたのか準備万端で、公証書も全てそろっていた。
文章が苦手な彼女のため、陳述書は友人が代筆してくれたそう。
申請は無事受け付けたので、あとは領事の判断を待って問題なければ赤ちゃんのパスポートは発給される。
あまりに心許ない状況で生まれてしまった赤ちゃん。母親も今はまだ親戚な友人に支えられているが、所詮は他人だ。いざとなれば、自分の身と引き換えにしてまで助けてくれることはないだろう。
まだ首も座らず、おくるみに包まれてベッドの上で撮られた証明写真を思い出す。ぼんやりと周囲を捉えている黒い瞳。あれから17年。今は世界がはっきりと見えているだろう。
もう家族で中国に帰っているといい。